「アホの坂田でございますー!」と自称アホの坂田利夫さん。
実は京大卒業生だったという噂を耳にしました。
ええ、マジ??
今回は、その坂田利夫さんの学歴をゆるゆる検証してみました。
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坂田利夫の最終学歴が京大卒業というのはガセ情報
結論から言うと坂田利夫さんの最終学歴が京大卒というのがガセ情報だとわかりました。
その理由が5つありますので、一つづつ見ていきましょう!
その理由① 吉本興業のプロフィールによると1964年に入社
吉本興業のオフィシャルプロフィールによると、坂田利夫さんの生年月日は1941年10月07日。
そして吉本興業には1964年に入社となっています。
もし、坂田利夫さんが京都大学にストレートに入学そして卒業したのであれば、
卒業は1965年になります。
その理由② 京大出身者の有名人のリストに載っていない
次に、いろんな資料で、京都大学出身の有名人を調べてみました。
ロザンのツッコミ担当の宇治原史規、落語家の桂福丸さんそして笑福亭たまさんが
京大出身といろんな資料に出てますが、坂田利夫さんはどの資料にも出ていません。
この資料この資料から見ても坂田利夫さんが京大卒というのはガゼ情報ですね。
その理由③ 此花商業高校卒業の出身者の有名人の情報はある
坂田利夫さんが此花商業高等学校(現在の大阪偕星学園高等学校)の卒業生
だという情報はいろんな資料にも出ています。
その後、どの大学へも進学された資料はないため、
最終学歴は此花商業高等学校と言えるでしょう。
その理由④ 坂田利夫さんのお母様からの情報
そして、1998年に出版された、坂田利夫さんのお母様の本「息子はあほやあらへん」(著・地神サカエ)
によると、吉本興業入社直前までは大阪ガスの関連会社に勤務されていました。
その理由⑤ 京大卒という記事に信ぴょう性がない
該当記事には「1965(昭和40)年 京都大学理学部数学科卒業(理学部首席)
大阪大学大学院経済学研究科経済政策専攻博士前期課程入学。」
などなどと記載されているが、
まず、誰でも間違った情報と知っていて投稿できるサイトだということと、
1965年には、坂田利夫さんはすでに吉本興業に入社されています。
まとめ
この5つの理由から見ても、
坂田利夫さんが京大卒というのは”ガセ”情報ですね。
日本国民に愛される「アホの坂田」さんは、
此花商業高校卒業後、運送業や大阪ガス関連会社に勤めた後、
「お笑いが好きで、テレビに出たら給料いいかと思って」
と吉本興業に入社されました。
最近は暗くなるニュースばかりのこのご時世、
お笑いは日本国民にとって大切なもの。
アホの坂田さん!京大に行かず、吉本興業入社してくれて、
「あ〜りが〜とさ〜ん」
追記・坂田利夫さんは老衰のため死去
2023年12月29日、坂田利夫さんは老衰のため大阪市内で死去されました。82才でした。
最期は間寛平夫妻に見守られ、息を引き取ったそうです。
心よりご冥福をお祈り申し上げます。
坂田利夫さんのプロフィール
それでは、ここに坂田利夫さんの簡単なプロフィールをご紹介しておきます。
坂田利夫さんの本名は地神利夫。
1941年(昭和16年)10月7日、大阪港区で長男として生まれる。
1950年9月3日 小学校2年生の時、台風ジェーンの影響で、港区も浸水に襲われ、
自営業であった地神ワイヤーロープ製造所および居住家屋もすべて失う。
1955年 父が転勤のため大阪西区に移る。
1960年 此花商業高校卒業 (現在の大阪偕星学園高等学校)
1964年 吉本興業株式会社に入社
1967年 故・前田五郎と漫才コンビ、コメディーNo.1を結成
1970年 第五回ラジオ大阪の上方漫才大賞 コメディーNo.1 として 新人賞受賞
1970年 昭和45年度第1回NHK上方漫才コンテスト コメディーNo.1 として 優秀話術賞 受賞
1972年 第1回上方お笑い大賞 コメディーNo.1 として 金賞受賞
1979年 第14回上方漫才大賞 コメディーNo.1 として 大賞受賞
2009年 コメディーNo.1 解散
2014年 坂田利夫50周年記念公演「アホに感謝でありがとさ~ん!!」
2015年 第10回「おおさかシネマフェスティバル」助演男優賞(映画「0.5ミリ」)